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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)214号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

「以下単に控訴人という。」

小牧市

右代表者

舟橋久男

右訴訟代理人

高木英男

外五名

被控訴人(附帯控訴人)

「以下単に被控訴人という。」

宗教法人大久佐八幡宮

右代表者

波多野兼蔵

右訴訟代理人

加藤保三

外一名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人は被控訴人に対し、原判決主文第二項の金員のほかに、附帯控訴による当審での請求拡張(新請求)に基づいて、さらに昭和四八年一月一日から同主文第一項の土地明渡しずみまで一カ月金二万円の割合による金員を支払え。

三  当審での訴訟費用は全部控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人の本案前の主張について

被控訴人が公衆礼拝の施設を備え、神社神道に従つて祭祀を行うなどの目的を有する宗教法人法の適用を受ける宗教法人であること、被控訴人の規則八条には別紙規則の当該条文のとおり規定されていることは当事者間に争いがなく、したがつて被控訴人の代表役員が本訴を提起するにあたつては、内部関係では、その二、三項にのつとつて責任役員会の議決を経ることになるが、しかし他方外部関係ではその一項により代表役員において被控訴人神社を代表し、その事務を総理することになり、また宗教法人法および被控訴人の規則中には、代表役員の代表権限を制限する規定がないので、代表役員が被控訴人の代表者として第三者に対し訴を提起するについては、訴訟行為の性質からしても、責任役員会の議決を経たことの証明はあながち必要ではなく、それがなくても差支えないものと解するのが相当であるから、被控訴人の代表役員である波多野兼蔵(その資格の点は当事者間に争いがない)が被控訴人の代表者としてなした本訴の提起についてなす控訴人の前記主張は理由のないものといわなければならない。

二控訴人が被控訴人所有の本件土地上に遅くとも昭和四四年一月一日以降本件建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

三使用貸借契約について

1  〈証拠〉によれば、控訴人代表者小牧市長職務代理者助役不破鋤治が昭和四二年八月一日被控訴人代表者と称する総代の梶田威との間で、控訴人主張とおりの使用貸借契約を結んだことが認められる。

2  そして控訴人は、梶田威が被控訴人の代理人である、と主張しているので、同人の代理権について検討する。

(一)  被控訴人の神社には、責任役員四人がいて、そのうちの一人が代表役員であり、そのほかに氏子の総代が一〇人いること、右役員等の機関の構成、任期、権限の詳細については被控訴人の規則により別紙規則のとおり規定されていること、右契約締結当時の代表役員、その他の責任役員、総代が別表1記載のとおりであつたことは当事者間に争いがないところ、右代表役員およびその他の責任役員が右契約締結前に、又はその前任者の責任役員がその在任当時に、総代全員に対し、代表役員を含む責任役員全員の権限一切を委任し(慣行)、なお前記梶田威が当時の他の総代全員から単独の代理人として選任された旨の事実は、これに一部そうかのような〈証拠〉は措信し難く、そのほかに右事実を認めるに足る的確な証拠はない。

(二)  ただ、愛知県小牧市大字大草地内には、もと旧篠岡小学校大草分教場の校舎を利用して市立保育園が設置されていたが、同校舎が老朽化したため、同地区住民が昭和四〇年ころから控訴人に対し右建物の改築と入園児の定員の増加を請願したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、控訴人は、そのころ、右建物の敷地が狭く、かつ、その敷地の一部が賃借地であつたので、同地区住民に対し他の場所に保育園の建設用地を無償提供するように求めたこと、総代会は昭和四二年七月二五日ころ、同大草地区内の幼児の保育環境の改善に協力するため、本件土地等を控訴人に保育園建設用地として無償で貸与することを決議し、総代の一員であつた梶田威を被控訴人の「代表者」に選んだこととし、同人が前記のとおり使用貸借契約を締結したこと、なお従来総代会が年中行事を執行し、境内建物等を修理して費用を支出していたこと他方右使用貸借契約の締結に関与した控訴人の担当課にあつても、現実には、被控訴人との交渉は、総代がその「全権的なこと」を取り扱つているものと解釈してすべて総代を通じてこれを進めてきたことが認められるが、これらの事情も、後記認定事実と比照するときは、直ちに前記権限委任の事実を裏書するに足るものとはなし難い。

(三)  しかも、宗教法人法二三条本文および一号の規定によれば、宗教法人は不動産を処分しようとするときは、規則で定めるところによるほかその行為の少くとも一月前に信者その他の利害関係人に対しその行為の要旨を示してその旨を公告しなければならない、とあり、規則(前掲甲第三号証)二四条の規定によれば、別紙規則のとおり二三条所定の「基本財産」を処分しようとするときは、役員会の議決を経て、役員が連署の上統理の承認を受けなければならない、とあり、前記認定のとおり使用貸借契約ではあるが、貸借期間が二〇年にも及ぶものは右に定める不動産たる「基本財産」を処分することに該当すると解すべきであるから、被控訴人が控訴人と前記のような内容の契約を締結しようとするときは、右の諸手続を経なければならないのにその手続が履践された形跡もないものである。そしてむしろ、被控訴人側の対応経緯は後記四の2中に認定するとおりであり、被控訴人代表者波多野兼蔵は終始一貫して本件土地を無償で控訴人に使用せしめる使用貸借契約の締結を拒否し続けてきたものと見るべく、前記梶田威は被控訴人神社を代表又は代理する権限なく前記契約を締結したものというべきであるから、右契約は無効のものとなさざるをえない。

(ちなみに被控訴人代表者がその権限を包括的に総代に委任するとせばそのことは宗教法人法の準用ある民法五五条の法意に照らし許されないところであり、事の性質上控訴人はこれにつき善意のものともいい難い。

3  そこで進んで控訴人の右無権限行為の追認の主張について判断する。

(一)  別表2記載の者が昭和四三年一一月当時の総代又は代表役員、その他の責任役員であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、控訴人代表者小牧市長職務代理者日沖米次が右総代一〇人との間で昭和四三年一一月二五日控訴人主張の変更契約を結んだこと、右契約は保育園用地を必要最少限に縮小する目的をもつて結ばれたことが認められるところ、右総代のうち梶田新吾、波多野鈊松、西尾四郎の三人は責任役員をも兼任していたが、同三人は前記認定のとおり総代の肩書で右契約の締結に関与したもので代表役員外のものであり、かつ代表役員波多野兼蔵が右契約の締結について承諾を与えたことを認めるにたりる証拠はないので、控訴人のいうように前記無権限行為につき追認があつたと認定することはできない。

(二)  なおそのほかに右に関し黙示的にも追認があつたと認定するに足るような的確な証拠はない。したがつて控訴人の無権限行為追認の主張はいずれも採用できない。

四賃貸借契約について

1  控訴人と被控訴人との間に控訴人の主張する賃貸借契約が締結されたことを認めるにたりる的確な証拠はない。

2  かえつて〈証拠〉によれば、昭和四四年初めころから被控訴人の氏子および別表3記載の総代、責任役員らの一部の者が控訴人に対し本件土地からの賃料収入を被控訴人神社の運営の維持費にあてたいことを理由として被控訴人との間に賃貸借契約を締結するように陳情したこと、一方波多野兼蔵は昭和四三年後半ころ本件土地上で本件建物の建築工事が行われていたことに気付き、同人に相談すらせずに右工事が行われていたことに憤慨したが、保育園の公共的使命を考慮し、撤去等の強行手段に訴える挙に出ず、さしあたり事態の解決をはかつて(その間も依然無償での使用貸借には承認を与えないまま)、責任役員の波多野鈊松らを通じて控訴人との交渉に当らせその間これに対し賃貸借契約の締結を促したこと、その後も交渉が続けられ、昭和四五年中控訴人は同市役所で当時の代表役員を除く責任役員および総代の一部の者に対し賃料年七万八、五四〇円を提案し、控訴人主張の賃貸借契約の条項を記入した土地賃貸借契約書(甲第二号証)を印刷し、大草地区長梶田源太郎らを介して右波多野兼蔵に対し右書面を提示して賃貸の承諾を求めたが、かえつて同人および波多野鈊松らは賃料が低額であることから、より高額の適正な賃料額を承諾するように要求したこと、しかし控訴人は他の賃貸人との間の賃料支払基準および控訴人市の財政を考慮し、前記賃料額を超えた金額を承認できないことを理由として右波多野兼蔵らの申入れに応じなかつたため、同波多野兼蔵は被控訴人の代表者として右契約書に署名押印することを拒否したことがうかがわれる。

3  したがつて控訴人主張の賃貸借契約はついに成立しなかつたものといわざるをえず、右契約の成立したことを前提とする控訴人の主張は採用することができない。

五権利の濫用について

1  本件土地が保育園建設用地に選定されたいきさつ、および使用貸借契約が無効である事情については前記認定のとおりであり、〈証拠〉によれば、昭和四三年六月ころ当時の総代会が建設業者に請負わせて本件土地の整地工事を行ない、次いで控訴人が進和建設合資会社に対し同年七月ころ保育園の建物等の建築工事を代金七八五万円で、同年一一月ころ外構工事を代金一四三万六、〇〇〇円で請負わせ、昭和四四年一月三一日ころ完成した本件建物の引渡しを受け、これを市立保育園として使用していることが認められ、次に変更契約の締結の経過および賃貸借契約が成立しなかつたいきさつは前記認定のとおりであり、さらに前記認定事実によれば、保育園はその後も継続して使用され、一般市民の福祉に貢献し、保育園の存在自体は必ずしも被控訴人の使命に反しないものと推認できるが、他方前記認定のとおり被控訴人は無条件に本件土地の使用の禁止を求めていたのではなく、原審鑑定人山田幸正の鑑定の結果によれば、本件土地の一か月の賃料相当額は昭和四四年一月一日現在七万八、〇〇〇円、昭和四八年一月一日現在一二万円であると認定するのが相当であるところ、本件訴訟係属後でも、裁判所の和解期日およびその期日外で、被控訴人において控訴人に対し賃料額を右金額又はこれよりも多少低い金額とする賃貸借契約の締結についての和解案を提示したが、控訴人がそれよりも著しく低額な賃料額に固執したため、容易に合意にいたらなかつた事情もあることは当裁判所に顕著である。

2  右1の認定事実をかれこれ勘案し、これに上来認定の諸経緯事実をあわせ、その他本件全資料に徴すると、被控訴人の本件土地所有権に基づくその明渡請求をもつてたやすく権利の濫用にあたるものということはできないところであり、控訴人の右主張は採用し難いものといわなければならない。

六そうすると、爾余の判断をまつまでもなく、控訴人は被控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡すとともに、昭和四一年一月一日から昭和四七年一二月末日まで一カ月七万八、〇〇〇円の割合による賃料相当額の損害金合計三七四万四、〇〇〇円および昭和四八年一月一日から右明渡しずみまで一カ月一二万円の割合による賃料相当額の損害金を支払う義務があるといわなければならない。

よつて被控訴人の原審での旧請求に基づき右のうち当審での請求拡張(新請求)分を除いて認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、附帯控訴に基づく当審での新請求は理由があるからこれを認容し、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(三和田大士 鹿山春男 新田誠志)

【規則】

第七条 本神社に責任役員四人を置き、そのうち一人を代表役員とする。

第八条 代表役員は、本神社を代表し、その事務を総理する。

2 責任役員は、役員会を組織し、宗教上の機能に関する事項を除く外、本神社の維持運営に関する事務を決定する。

3 事務の決定は責任役員の定数の過半数で決し、その議決権は平等とする。

4 役員会は、代表役員が招集する。

第九条 代表役員は、本神社の宮司をもつて充てる。

第十条 代表役員以外の責任役員は、氏子崇敬者の総代(以下「総代」という。)その他の氏子又は崇敬者で神社の運営に適当と認められる者のうちから総代会で選考し、代表役員が委嘱する。

2 前項に定める役員の任期は、参年とする。但し、再任を妨げない。

3 補欠役員の任期は、前任者の残任期間とする。

4 責任役員は、後任者が就任する時まで、在任する。

第十四条 本神社に総代十人を置く。

第十五条 総代は、総代会を組織し、本神社の運営について、役員を助け、宮司に協力する。

第十六条 総代は、氏子又は崇敬者で徳望が篤いもののうちから選任する。その選任の方法は、役員会で定める。

2 総代の任期は、三年とする。但し、再任を妨げない。

3 補欠総代の任期は、前任者の残任期間とする。

4 総代は、後任者が就任する時まで、在任する。

第二十三条 財産は、基本財産、特殊財産及び普通財産とする。

2 基本財産とは不動産その他本神社永続の基根となる財産を、特殊財産とは宝物及び特殊の目的によつて蓄積する財産を、普通財産とは基本財産及び特殊財産以外の財産、財産から生ずる果実並びに一般の収入をいう。

第二十四条 本神社が左に掲げる行為をしようとするときは、役員会の議決を経て、役員が連署の上統理の承認を受け、更に法律で規定する手続をしなければならない。その承認を受けた事項を変更しようとするときもまた同様とする。但し、第三号及び第四号に掲げる行為が緊急の必要に基くものであり、又はその模様替が軽微で原形に支障のないものである場合及び第五号に掲げる行為が六月以内の期間に係るものである場合は、この限りでない。

一 基本財産及び財産目録に掲げる宝物を処分し、又は担保に供すること。

二 当該会計年度内の収入で償還する一時の借入以外の借入又は保証をすること。

三 本殿その他主要な境内建物の新築、改築、増築、移築、除却又は著しい模様替をすること。

四 境内地の著しい模様替をすること。

五 本殿その他主要な境内建物若しくは境内地の用途を変更し、又はこれらを本神社の宗教目的以外の目的に供すること。

別表〈省略〉

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